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ココロサードプレイス

心が安らぐ場所をつくりたい

のうのうと生きている自分の罪悪感を解消した話。

うしろめたい気持ちになることは本当にたくさんあった。

辛くて悲しくて怒りを覚える理不尽な出来事はこの世にたくさんあると思っていたけれど、思っていたよりもずっと溢れすぎていることを、これだけインターネット、特にSNSが発達してからよくよく知るところとなった。

理不尽な出来事に対し、そのひとつひとつに自分が向き合えないことに、自分は安全な場所に居て、のうのうと好きなものを享受し続けているだけの自分に、ずっとうしろめたさを感じていたのだけれど、ある時考え方を変えた。


私は以前嫌なことばかりの人生だった。学校や職場や家やいろんな人間関係、何より自分自身が本当に嫌で仕方がなかったのだけれど、いろんな人に出会い、自分の考え方もすこしずつ変える努力をしながら、気づいてみたら今、嫌なことは殆ど無い。というか一つ(今の仕事でそれもあと10回で終わる!)しかない。そう、もうすぐ嫌なことが何一つなくなるのだ。(細かく言えば出てくるんだろうけど、「毎日毎日心の中で確認してしまうような嫌なこと」という意味で。)

これからたぶん、過労で死ぬことは無いと思うし、深い悩みを抱えて鬱になることも、たぶん無いだろうなーと思う。周りの人に感謝して(たまに忘れるけど。思い出すけど。)、ひとからの適切なフィードバックは、心を痛めても素直に受け入れることができると思う。(たぶん。。。)

これは、なかなかに幸せなことなんじゃないかなと思う。普段「幸せー」とか言葉にしたりしないけど。いつもワクワクドキドキしてるとかそういうことでもないけど。

好きなことを仕事にしたい!しよう!と思っているので、思いついたことをどんどん試してみたいし発信したいと思っているけど、常に気持ちがめらめら燃えているというわけでもなく、わりと静かに淡々といろいろなことを考えている。そして問題もたくさんある。直近で手を打たなきゃいけないことが3つくらいある。

私が思う幸せは、それらのすべての中に嫌なことが何一つ無いことなのだ。耳が痛いことを言われることも、自分が言葉を尽くさないと解決できないことも、いけると思っていたことがダメになってしまうことも、そういったことに対して全部「次どうしよう?」と思えることが、自分が昔欲しくて欲しくてたまらなかった幸せなんだろうなーと思う。そしてそれは、叶ってみるとひどく地味なものである。


幸せについては本題ではなくて、最初の話に戻る。


自分が、この世の中で今この瞬間にも起こっているどうしようもなく悲しいあらゆる出来事に対して、いつも一瞬気にはとめる。それをいつしか忘れていることの罪悪感に対する、自分の折り合いの付け方だ。


私は、「何かを解決したい」という想いを「幸せを増やしたい」という想いに転換することにした。

時間は有限である。私は、難しい問題を、自分の力で解決の一助になろうとすることに時間を使うより、ひとが幸せだと思えるようなきっかけをもしつくることができるなら、そのために時間を使おうと思った。

そのためには自分が幸せであることが大きな力になると思うので、私は、自分が心を痛めた問題に全部向き合えなかったり、いつしか忘れてしまうことを悪いことだと思う時間を、人に楽しんでもらえることを考える時間にあてたいと思った。

残念なことだけれど、悲しいやるせない出来事がこの世からひとつもなくなることは、たぶん無いだろう。そういった問題に真摯に全力で向き合っている素晴らしい人たちには、本当に頭が下がるし、そんなことができな自分がだめな人間だなあと思っていた。

でも私は私で、問題を解決はできないけれど、誰かの幸せになるかもしれない小さな火を、すこしずつ増やして行きたいなと思う。


東日本大震災がきっかけで、自分の人生を見つめ直したという人は多いと思う。私もその時にたぶん初めて、ああ、自分は恵まれているんだなあと思ったし、その月から自分の収入の1%程度を募金に使おうと思った。

これがまた、募金を必要としている場所や団体も本当にたくさんあるわけで、勿論全部にできるわけなどないし、今一箇所だけ毎月カード払いにしているのだけれど、そこだけでいいのか?とかも考えてしまう。

だけど、要は日本全体で正しくお金がまわればいいのである。個人が特定の場所にお金を落とすことも大事ではあるけれど、別に募金はしなくても、良いと思ったものを適切だと思った対価で購入する、ということを心がけることが、日本全体で正しくお金がまわる、ちいさなちいさな、でも正しい一助になると思っている。それは募金をするのと同じような心持ちじゃないかなと思っている。


世の中に幸せを増やしたいとか、お金が正しくまわるようになってほしいとか思いながら私がやっていることは、広い湖の中に1滴ずつ水を垂らしながら、水かさが増えればいいなーと言っているようなものなんだけれど、そこに水を落とし続けている自分自身はどんどん変化していくんじゃないかと思っている。そして、世の中ももしかしたら、今誰も考えつかないようなものに大きく変わるかも知れない。

未来のことは何も分からないけれど、今怖いことは何もなくて、後ろめたさもなくて、ただできることを、謙虚に誠実に大切にやっていきたい。よく忘れるから、忘れないように。