ココロサードプレイス

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真実はねじ曲げない!

いつか言えたらいいな、ということがあって。過去の弁解とか今思っていることとか。熱烈な想いでもなく、ただ軽くもなく、でも、すくなくとも誰も不幸になんてしない、何かを大きく変えることなんてない、けど、すこしだけ思い込みを払拭するかもしれない、少しだけ安心をするかもしれない、何も響かないかもしれない、けど、もしいつか機会があれば。そう、そのくらいでいいのです。一生無いかもしれないけれど、それもよし。そうであれば、ああ必要なかったんだなあということで。

自分で考えるけれど、逆らわないことにしている。何をもって「逆らう」とするのかは、直感みたいなものなんだけれど。「ああ、これは自然ではないぞ」ということを察知したらすぐ手を引くことにしている。昔は自然じゃないことを自らの力を尽くして捻じ曲げたいとばかり思っていたのだけれど、それが絶対に良い方向に行かないことは、今過去に戻れたとして、その時の私に告げることができたとしても、それを止めさせることもまた、絶対にできないだろうなあとも思う。自分で自分の手を止められるのに必要だったのは経験である。私の場合は。人の話を信じて、自分が正しいと思うことと真逆のことをする、ということが絶対にできなかった私を変えたのは、痛い経験でしかない。

今でも時々熱烈に一瞬、自然を捻じ曲げて今を変えたいと思う時がたまにあるけれど、だいたい3日くらい経つと何事もなかったかのように、強い気持ちも薄らいでいて、ああなんて生きやすいんだろう、幸せだなあと思う。自分の呪縛から自由になった今、本当はもう何も要らないくらい幸せだ。

よく、思い出さなきゃなあって思うんだけどな、今の幸せを。自分の意見を話せる。こうやって書ける。毎日深く思い悩むことはない。明日のごはんとか、こんど出かけるところとか、欲しいものとかを考えることができる。

いつもここに帰ってこよう。