ココロサードプレイス

山梨と東京のおすすめスポットと私のイベントのこと。

国吉亜耶子and西川真吾Duo

今私は、3/27は3か月くらい前のことのような気がしています。でもいつだってそう。昨日の出来事も、もう何日も前のことに感じられる。ということは、私が感じている何日も前とか3か月前とか、その感覚のほうがおかしいんじゃないか。自分の時間の感覚はあてにならないけれど、自分が感じる昨日が何日も前のようなことなら、それは正しい。今言っていることが自分で分からなくなって、今自分で哲学を感じている。絶対違う。

イベントの前にも書いたけれど、国吉亜耶子and西川真吾Duoを初めて観たのは八王子のライブハウスだった。当時私が大好きだったバンドの前だったかな。もう10年くらい前のことなので、詳しいことは忘れました。『こんなに大きくなりました』という曲を最初にやったと思う。まじでびっくりした。ぎょっとした。自分のお父さんのことを歌う人をライブハウスで初めて見たし、お父さんのことを歌ったこんなに美しい歌も初めて聴いた。そしてドラムの人の動きがしなやかでのびやかで美しくて、この、ピアノボーカルとドラムという組み合わせが、足りない物なんて何ひとつないどころか、聞いたことも見たこともない世界を造り出していて、満員の、この日のイベントの重いギターロックを聴きに来た人たち全員が「こんなの観たことねー」と思いながら呆然と立ち尽くしている光景もまたすごかった。

私はたしか4回目のイベントの出演者を考えていたところだった。だからこの瞬間に、このお二人に出てもらえないかなあ・・・・と思ったけど、いや、絶対無理だとも思った。面識もないし。だけど、やっぱりどうしても出てもらいたくて、メールをしたんだと思う。そうして返事をもらったんだと思う。そして次に行ったライブ、代々木ラボ?かな。で初めて西川さんと話をした。優しかったけれどとても緊張した。前向きに検討しますという返事だったと思う。とても優しかった。そして出てもらえることになったのです。こんなイベントでした。2007年。

★2月11日(日・祝)「ヒカリノニワ#04」@四谷OUTBREAK!【4】
ストロボネコ / 国吉亜耶子and西川真吾Duo
OOMA / JUNIPERBERRIES. / FOOL&SCISSORS / 月ノ魚

ああ、ほんとうに良い時間だったのだけれど、今この中で同じ形態で活動しているのが国吉亜耶子and西川真吾Duoだけです。全てが懐かしい。なんでか、国吉さんの衣装が黒いワンピースだったのを覚えている。それが楽屋にかかっていたのを覚えている。

それからはほんとうにいろいろな思い出がある。このお二人はものすごく優しい方である。優しいというのは、たとえば、言葉や態度が柔らかいとか丁寧とかそんな表面的なことだけじゃなくて(そういう部分も素晴らしいのだけれど)、いつでも真っ直ぐに真実を見ていて、真っ直ぐに私にもアドバイスをくださる。こんな私に。表面的なことだけを言っていたっていいのに、自分たちがこうしたいとかそういうことじゃなく、私がどうあったらいいかということについて、ここまで教えてくれる人はいなかった。朝までお酒なんか一滴も飲まず、気づいたら夜明けどころかとっくに明るくなっていたりしたこともあった。

私は最近になって、ようやく自分の成長を感じられるようになってきた。ここ数年の話だけれど。ああ、去年よりは成長しているぞって思う。思っていたけれど、いざ久々にイベントをやってみると、びっくりするぐらい何もできない。ぬかりすぎ。知らなすぎ。分からなすぎ。自分が感じている感覚はほんとうにあてにならない。自分のイメージを形にするぞと思ってやり始めてやっと、自分の足りないものを知る。今でさえこんな私が10年とか前にどんだけひどかったかと思う。けれど、それでも、今でもこうやってイベントに出て下さって、今でも同じようにフィードバックを下さるお二人。本当に優しい。もちろんそんな恩恵を受けているのは私だけじゃないはずで、もちろん。たくさんの人に対してそう接しているんだろうなと思って。いつも真っ直ぐに。

どんな体調の悪い日も絶対外に見せない二人。当たり前かもしれないけれど、その時は本当にまったくわからないので、後でびっくりする。ものすごい体育会系の二人。いろんなところにあらわれているその精神。でも、いつしか、国吉さん、大丈夫かなって思うことがあって。私はもうその時はたまにしかライブに行かれなかったけれど。活動休止前に新宿で会った。その時はなんだ体調がよくないという話だった。いちど別れて私は西口のバス停に向かった。そこで、西川さんと合流した国吉さんと再び会った。私が西口に向かったので、歩いていればいるんじゃないかと思って、と言っていた。バスに乗ったら、手を振るから、というメールがきた。でも私のバスは、新宿駅方面を回らずに甲州街道に出た。

その後しばらくして、活動を休止することを知った。国吉さんは手術をすることになって、私はただただ祈っていた。何もできないので。国吉さんが、おばあちゃんに充てて千羽鶴を折っていたという話を思い出して、鶴じゃないけど病院で使えるかなと思うポーチみたいなものを作ることにした。作り始めてみたら物凄い複雑で布を継ぎ足したりしてガタガタの出来上がりだった。でもどうしてもその瞬間の気持ちを込めたものを贈りたかったので、送りました。たぶん使い道がなかったと思う。

無事手術が終わったという知らせを聞いて、しばらく経ってから国吉さんに会った。思ったより元気そうで、でも体調が悪くても元気にしか見せない人だから心配だった。でもここにこうして会えてよかった。ほんとうによかった。復活して最初のライブには行かれなかったけれど、その後、また更に生まれ変わったかのような二人を観ることができた。音楽性は変わっていないけれど、幕を一枚取り払ったような二人これからもどんどん新しいことをやっていくぞという空気しか感じられない、いつだって最高を更新していく二人。その生命や魂を、見なくて何を見るのか、と思うのだ。

もう、そんな、休んでいた時期があるなんて全く思えないようなステージを見ていて、10年前だって今だって圧倒されるのだ。

桜座、あの日、本当に最高の音だった。音のミストが降り注いであの空間を包み込む不思議な体験をした。全てが終わって、やっと、やっと、あの日あの場所であの空間にいた人たちが揃ったことを、本当によかったなあと思った。

ずっと昔の出来事も、ふとした出会いも偶然も、今日今この瞬間も全てが繋がっている。私は今したいことがあって、いつか、私に会いたいと思ってもらえるような人間になりたいと思っている。永久にそんな日はやってこないような気もするけれど、それを目指して生きていられる日々が幸せだと思うから、できた日のことは実際どうでもいいのだ。でも目標はどうでもよくないのだ。

私は私が伝えたいことを伝えていくのだ。