ココロサードプレイス

山梨・東京・諏訪が好きな私のイベントのことやミニマリズムのこと。

失敗をどんどんする

最近はほんとうによく出かけています。山梨に来て以来いちばん出歩いています、たぶん。そういう中でいろんな人に出会い、ああ、山梨の音楽シーンてこうなっているのねっていうのがだんだん見えてきました。ここで人がつながるんだーっていう。こういうのはどこに行ってもあると思います。東京もそうだったし。似てるなあって思うことはたくさんあります。

そして今思っているのは、今新たに出会った人との繋がりを深めていく中で、いずれイベントをやりたい・・・

という流れに、なんでならなかったんだろうなーということです。

6年ちかく山梨にいて、何をやっていたんだっけなあ。いつかイベントをやりたいと思っていたのになあ。そして、イベントをやりたいと思い立って、誰にも相談せずになかなかの規模のものを立ち上げてしまって、なんで誰かに相談しなかったんだっけなあ、と思っている。相談すればよかったあ・・・ってことは何十個とある。

だけど、それでもよかったなあって思うのは、無難な道を行かず、ありえない数の失敗を既に100個くらいしでかしていること。それがたぶんこれからのわたしをつくっていくっていうこと。

「リスクを最小限にするために」からスタートしていたら、自分の頭で使わなかった部分がものすごくあると思う。知らなかった自分を永久に知らないままだ。


子育てについてよく言われることで、親が子どもに失敗させないよう、先回りしてなんでも解決してしまうのがよくない、みたいなことを、私はほんとうにそうだと思っていて、そして先回りされて、いろんなことが解決されていた自分の幼かった頃を残念だと思ったり、親はなんでそんな考え方だったんだろうって思ったりしていたけど、

子どもの頃だけなんてとんでもない、今だっていつだって、気づいたら「リスクを最小限に」からスタートしないことなんて無いんじゃないか。仕事を選ぶこと、何かを買うこと、何かを食べること、どこかへ出かけること、、、、損しないように・傷つかないように、いつだってそうやって生きている。

そんなのが嫌だ、と考える暇もなかったのだ。ただ、やりたい。今やりたい。知り合いとか誰もいない。仲間もいない。でも知り合いを作ることから始めたくない。仲間を捜すところから始めたくない。そうするといつかは永久にやってこない気がするから。

そうしてリスクを何も考えずに始めると、まあ、いちばんはお金もかかるし、毎日ああすればよかったこうすればよかったを繰り返し唱えたり、人に無駄に嫌われたりする。でも、反面今まで知らなかった自分に会えることは、ものすごい希望なんです自分の。

だめじゃない。なんだってできそうな気がする。そういう自分に会える。今急速な勢いで、余計なものをすてているなあと思っている。