ココロサードプレイス

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我慢しない社会にするために

先日イケダハヤトさんのこの記事を読んでいて、改めて自分の生活を見つめ直してみました。

www.ikedahayato.com

この中で

ぼくからすると、悩んだ末にレールからドロップアウトしてしまう人のほうが、よっぽど「まともに」見えます。こんなこと言うと炎上するんですが、本音なので仕方ありません(笑)ぶっ壊れたレールによくもまぁ乗り続けられるなぁ…と高知の限界集落で感心しております。

という部分を読んで、そして最近「好きなことだけをして生きていく準備をするぞ」と思いながら、改めて仕事というものを考えてみました。

仕事における「ストレス」というものは、あって当たり前と思って生きてきたけれど、だから私は逃げたいと思ったけれど、これがそもそも当たり前じゃなかったら?って思ったんですよね。

今まで安全と思って食べていた食品が安全じゃなかった、ということを知った気持ちに近い気がします。

改めて、日常生活でストレスをカウントしてみると、結構な回数なんですね、これが。

でもこれ(ストレス)をなんで受け続けなきゃいけないのか、って発言したら「社会とはそういうものだ」とか「生きていくとはそういうことだ」とか「どこへ行っても同じ」とか「みんなそうだよ」っていう言葉が返ってくるわけです。ずっとそうやって生きてきたし、そう思って生きてきた。

社会とはそこにあるものじゃなくて、大多数の思い込みで形成されているものなんだなあって改めて思いました。

ストレスは辛いし、ゼロに近ければ近いほどいいし、そうする努力をすべきで、耐える能力を磨いている場合じゃないよなあって思います。

私は、好きなことだけして生きていくなんて無理だっていう人や場所と、私は合わないから離れたい(考え方が違う)というふうに思っていたけれど、そもそも全部間違ってるんじゃないか?っていうふうに思えてきた。誰も我慢なんかしなくてもいいんじゃないか。我慢しなくていい社会にするにはどうしたらいいのかって、自分のことだけじゃなくって、もっと考えたいなって思いました。