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最後の好きな人

今日2つ目の記事です。あ、これはべつに愉快な話ではありません。ヽ(*´∀`)ノ

私は恋愛において、片思いでも両思いでも、「長らく幸せだったなあ~」と思える時期は人生で一度もありません。主に辛い思い出しか無いけれど、でもそういえばそんなことも大体忘れて今はまあまあ楽しく過ごしています。今の自分がわりと好きです。そんなことを言える日が来ることは無いと思っていたので、10年前とかから考えたら、ある種最上級の幸せです。やりたいことはたくさんあるし、人としてもっと成長すべきところは無限にあるけれど、もし今死ぬとしたら、「最後に楽しい生き方が分かって良かった」って言って死にます。

私はずっと、楽になりたいなーと思っていたのです。なに一つ自分で解決できない。後悔ばかり。辛い思いばかり。

今そんな思いとは無縁なんだけれど、どうやってそうなれたかって話はまた別のときにしたくて(最も重要なのは、自分が何者でもないということを認めることだと思っているんだけれど)。楽に生きられるようになったら、恋愛を含め、人間関係で悩むことも少なくなったなあと思っていて。

最後に好きになった人のことを思い出して、というか、忘れていた日は無いと思うんだけれど(・・・あ、これもべつにそんな執念深い思いではなく。)、昔はほんとうにこんな穏やかな気持ちで終わった人のことは思えなかったよなあとつくづく感じて。

100回くらいは電話をかけようと思ったので、その度に連絡先を消していて良かったなあと思ったり(繋がらなかったかもしれませんが。)、今はいろんなツールがあるので、今どんな生活をしているのか、知ろうと思えば知ることができるんだけれど、そこを開こうと思ってやめたことは何百回とあったかもしれない。

でも、そこで自分の中の思い出だけで折り合いをつけていこうとか、その人と一緒に幸せにはなれないけれど、そして今でも好きなんだけれど(なのに)、ただ元気でいてくれればいいなあと本当に思えることとか、昔は絶対にできなかったので、この、穏やかに人を好きでいられることっていいな、っていうか自分にとっては凄い成長だなって思うのです。

会おうと思えば会えたんだけれど、とても会いたいときもあったけれど、それが自分にとってはマイナスになることの方が多いと思って、昔の私だったら、ここでどうしようもない話を友達に聞いてもらうのだ。それか何も考えずに会いに行く。


でも今「もし会うべき人なら頑張らなくてもどこかで会える(し、会えないってことはもう会わなくていい人なんだ)。」って思うことにしたら、とても楽だし、たぶん正しいと思う・・・って自分で考えられるようになって、成長したなあって思う。

それはその人に対してだけじゃなく、他の人でも、人生において出会うこと全てに対してそういうスタンスでいようと思って、そうしたら悩みは本当に少なくなった。

このままだと、最後の好きな人が更新されないまま、余裕で月日は流れていきそうなんだけれど、それもまた、出会うべき時にたぶん誰かに出会えるのかなと思うと(べき時が無い可能性もあるんだけど)特に何も変わらず、変えず、このまま毎日を過ごしていけばいいやと思える安心感は、私が10年前に心から得たかったものなんだ。