ココロサードプレイス

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ストレス解消法②

自分がつい最近まで感じていた「B.他者との関係によるストレス」をどう解消したかということについて。私の場合、他者とは仕事に関する全て(会社・人)だったのですが、この世に存在する全ての対人関係に当てはまるとも思います。

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『苦痛』に対してできること


今の仕事を始めて約4年。本当に1ヶ月くらい前まで「①やめる」ことしか考えていなかったわけですが、考えながら4年弱きたということは、状態としては「②がまんして続ける」だった。②は選択肢であり、かつ選択していないつもりで結果、選択していることになっている。仕事は嫌だけど身の危険とまでは感じてなければ多くの人が既に②を選んで働いているんじゃないかなと思う。

そして「③苦痛をなくす何かしらの方法を見出して続ける」っていう選択肢があることは、知っていながら無いことにしたいという思いが非常に強かったなと思う。そんなこと、とっても自分にはできない、とか嫌なものはどう考えたって嫌だ!とか。自分にそんな発想の転換させてたまるか!という思いすらあった。とにかく続けたくない、そればかりがあった。そんなのずっと苦しいじゃないか、と思っていた。

 

少し時間が経って変わったこと


そして今、1ヶ月前に思っていたことと180度違うことを考えている。仕事が楽しいわけじゃない、けど苦痛なことではない。そして続けていくことで、得られるお金に代えられないものは確実にあるということを。そしてそれはたぶん、仕事と呼ばれるどんなもの全てにも言えることだと思うのです。(健康であることに弊害を及ぼしているなら話は別です!)

そんな話はたぶん、上司は誰でも言いそうな言葉で、でも恐らく本質的なことで、でも、今ただ辛いだけでしかないこの事象を、でも価値があるんだって、どうやったら思えるのか、それは「長く続けていたら分かる」じゃああまり意味ないなーと思っていて。今知りたいから!

やってよかったこと


そして、私がやってよかったなっていうことは「大変だって思うことをやめる」ということです。今まで「大変そう」なこと全てをわざわざ「大変だと思おう」、としていたんです。完全なる無駄です。「大変だと思う」ことにおけるメリットは、今何も思いつきません。ただ気持ちが重くなり、やる気がなくなるだけです。

これは完全なる癖だと思います。子どものころなんかは特にそう。経験と力が無い、自分では何も解決できない、となると全ては大事件です。大人から見たらなんてことないことも。

でも私は今大人で、子どもよりは経験があって、自分で解決できることもたくさんある。というか、つきつめていけば、解決できないことなんて多分何もない。(何を解決とするか、にもよるけど、少なくとも折り合いの付け方は何かあるだろうということを知っている。)

実は、大変なことは何も無い


っていうことは、実は大変なことなんて何もないんです。今大変だと思っていることは、「自分が大変だということにしたいこと」だと思ったんです。

例えば、ミスをしてはいけない→プレッシャー→辛い→辞めたい、ってわかりやすい構図だけど、なぜしてはいけないのか、するとどうなるのか、それは自分の能力不足なのか、それは解決できるのか、そうじゃない完全に不可能なことなのか、それをやりとげる義務があるのか、誰のために、何のためにやるのか、やらなくてもいいのか、やらないとどうなるのか、死ぬのか(そんなことはない!)、生きていけないのか(そんなことはない!)、ミスしてもいいんじゃないか、でも、しないようにもできるんじゃないか、それはすぐじゃなくてもいいんじゃないか、って言うべき人に訴える権利もあるんじゃないか、もしくは自分は完全に手を抜きたいだけなのか、精一杯やっているのか、自分の精一杯は思い込みかも、とか

「大変」と思っていることが「なんで大変なのか」をちゃんと考えると、だいたい大変じゃないです。大変じゃない、というか、少なくとも何かしら解決方法があるはずです。ちっさな、自分が認めたくない要因なんかも組み合わさって、向き合うのが面倒で「大変」にしているけど、そこにあるのは「大変」じゃなくて「事実」です。「事実」が不快なら、解決すべきだし、今解決できないとしたら、いつできるのか、永久にできないならどう向き合うか、考えることが楽しく生きられる一歩だと思うし、「大変だって思う」ことで得られるメリットが、とりあえず思い浮かびません。

そしてこの、「事実に対して考える」をすっとばして今までしていたことが、「とりあえず大変だと思う」ことなんだけれど、今は「事実に対して考える」をすっとばして、「とりあえず大変だとは思わない」ことにしました。毎回考えるのは疲れる、というか、私の悩みはシステムだいたい同じだから。そうして分かったのは、

・今まで、まず「大変」と思うことで、どれだけ事実を拡大していたのか
・解決できない(折り合いをつけられない)問題は今のところない

ということです。

今辛いと思っていることだって、つきつめたら何でもない。だって、私はもう大人でなんだってできるから。逃げてもよし、立ち向かってもよし。そして、周囲からよしとされる「こうあるべき規範」は、別に私の面倒を一生見てくれるわけじゃない。って考える以前に、私の思う「大変」は別に大変じゃない。どんな解決の仕方をしたっていい自由があるから。

そして、逃げてもいいって思った瞬間に、あ、別にやってもいいなあって思ったんです。多分何をしたって同じなんです。それは、どこに行ったって辛いってことじゃなくって、どこに行ったってあるのは事実だけで、自分はそれについて考えたり選んだりする自由があるってことです。そうしたら、別に今のままでもいいかなって思ったんです。そうすると、今度は続けることによるメリットがどんどん見えてくる。今まで見ようとしていなかったからね。そうしたら、悪くないかもってやっと思えてくる。

こう考えながらも、あ、私は今事実をフラットに見られていないって思うことは常にあって、長年の癖はなかなか抜けないなあと思います。こういう思いは・・・最初に戻りますが、ストレスの要因A.自分によるもの・・・の解決に結局は繋がっていくのですが、その話はまた追って。

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