ココロサードプレイス

山梨・東京・諏訪が好きな私のイベントのことやミニマリズムのこと。

何かに「はまる」ということ

私が様々なバンドに物凄くハマり、年間100本以上、計算すると3日に1回くらいのペースでライブハウスに通っていたのは大体2003~2006年で20代前半の頃でした。まだブログは主流ではなく、ブログの手前のweb日記というのを書いている人がたまにいて、そしてmixiが流行り始め、でも自分のHPを持っているという人はめずらしい感じでした。

私と同じように、いろいろなバンドのライブに行き、そのレポートを自分のHPに綴っている人に出会って、私もこんなHPを作ってみたい!!!と思い、ホームページビルダーを使って、一所懸命作りました。

ソフトを使用するとはいえ、今考えたらとんでもなく使い勝手が悪く、パソコンに疎い私にしては本当に難しく、最初はとてもできるとは思えなかったけれど、なんとか完成をさせ、しかも時間が経つにつれ、めちゃくちゃ素人っぽいHPから、ちょっと綺麗なHPになっていきました。

作業はいつまで経っても面倒だったけれど、自分が好きな、こんなに素敵で素晴らしいかっこいい音楽を・バンドを知らない人がいるなんて勿体なさすぎる、一人でも多くの人に伝えたいという、当時を振り返るととんでもなく暑苦しすぎる情熱は、時に人を不快にもしたし、バンドメンバーすら不快にしていたと思います。

でもそのパワーで苦手だったパソコンとソフトをどうにかこうにか使い込み(なかなかHP内のリンクが上手く行かなかったりね。変な字体をどう変えるのか分からない、とか。)、ライブを観た帰りには、電車の中でライブレポートの下書きを書きながら、夜のうちに終わらなければ、会社で昼休みに書いたりしながら、1日以内にアップする!!と思っていました、確か。

それがきっかけで出会い、10年以上仲良く、たぶん一生友達だろうという人にも会えたし、何より、できなかったことがたくさんできるようになった。したいって思えばけっこう色んなことができるんだって分かった。

そして、今良かったなって思えるのは、

そういう何かに夢中すぎて空気が読めなくて、人を楽しませたりもするけど、時には不快にしたり、自分自身は、一方通行の思いが辛くなったりして、誰かや何かを好きになりすぎて辛くなることは膨大にあって、悩みが増えるばかり・・・っていう思いをしたことだとも思っていて。

そうなっちゃう人の気持ちがものすごくよくわかる。
そうじゃない今って凄く生きやすいんだってわかる。

好きだけど、好きになりすぎないことは、非常に楽である。


今考えているのは、もう私は何かに「はまる」ことは無いのだろうかということで。無いとしたら、それで幸せかなあということで。たぶん、わりと幸せなんだろうなとも思うし、だけど、ただ何かを好きすぎてそのエネルギーだけで生きられるようなあの気持ちは、もう味わえなくてもだいじょうぶかね?ってちょっと自分に聞いているところがある。

先月、精神科医の先生の公演を聞いたときに思ったのは、20代前半までの私はひたすらドーパミンが出ていたんだなあと、麻薬を打っているようなそんな感じだったんだろうなということで。

今は楽なんです。バンドは好きだけど、全てのライブに行かなきゃとか(できれば行きたいんだけれど)そのために仕事を選ぶような、そんなことはしなくてよくて。(残業のない仕事が絶対条件だったことがある。)開演に間に合わなくっても慌てることもなく、(しかも大きいホールは最後に入った方が絶対楽だ。スムーズすぎる。)、一言一句聞き漏らさないぞって集中の仕方しなくてもよく、席が遠くたって構わない(遠い方が落ち着いて見られる)。グッズが買えなくてもいいし、終電に間に合わなければアンコール聞けなくてもしょうがないとか。非常に楽。

でも何かが好きすぎるときの、あのふわふわキラキラした感じが
もう味わえないことが、ぼんやり勿体無い気がする。


どうしようもなく楽しすぎて、時に物凄く辛い
まあまあ楽しいし、いつでもラク

は交差することはないのかな。
何かを物凄く好きになって、でも好きすぎる自分も
ラクに生きやすくコントロールできる、っていうのは無理なのかな。


うーん、なんだろうな。好きって難しいなって思う。
最近課題とするところ。